【特許★★】主たる引用発明に基づいて、2つの段階を経て相違点に係る本件発明の構成に想到することが容易でないとされた事例

平成28330日(平成27年(行ケ)第10094号)(知財高裁第4部、高部裁判長)

判決本文

 

(判決要旨)

「…進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり…端部寄りの部分が自重で垂れ下がる,弾性を有する土除け材が…、エプロン…側の面に1枚以上固定され…ていることを特徴とするロータリ作業機のシールドカバー」の特許発明について、進歩性欠如を理由として特許を無効とした審決が取り消された。

 引用発明1と本件特許発明との相違点が、引用発明1では、エプロン側に土除け材がないことである点については、争いがない。

 審決は、引用発明2の「弾性部材」が本件特許発明の「土除け材」に相当し、これがゴム製であることから、端部寄りの部分が自重で垂れ下がると認定した上で、引用発明2の「弾性部材」を引用発明1に組み合わせることにより、本件特許発明は容易想到であると判断した。

 これに対し、判決は、以下のような2つの理由を述べて、容易想到性を否定した。

 

(ウ)本件特許発明の「土除け材」も片持ち梁である以上、単なる物理現象としては必ず自重で垂れ下がることになること、発明の詳細な説明における記載から、「自重で垂れ下がる」とは、片持ち梁である「土除け部材」の進行方向前方側の端部寄りの部分が単なる物理現象として「自重で垂れ下がる」こと(すなわち,「土除け部材」が剛体ではないという当然のこと)を意味するのではなく,「土除け部材」が,ロータリ作業機本体の振動に伴って,その振動時の振幅が最大限発揮する程度の弾性を有することによる技術的意義のある現象としての「自重で垂れ下がる」ことを意味すると判示し、他方、引用発明2の弾性部材は本件特許発明にいう「自重で垂れ下がる」設計になっていないと判断し、引用発明2の認定は誤りであるとした。

 

(エ)したがって、引用発明2の「弾性部材」を引用発明1に組み合わせても、本件特許発明に至らない。

審決は、「エプロンに固定された土除け材を,その端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものとすることは,当業者が適宜になし得る程度のことにすぎない」と判断したが、判決は、「引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとすることを想到した上で,これを引用発明1に適用することによって,引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20の進行方向前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとするというのは,引用発明1を基準にして,更に引用発明2から容易に想到し得た技術を適用することが容易か否かを問題にすることになる。このように,引用発明1に基づいて,2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは,格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるということはできない。」と判示した。(更に、引用発明2の作用効果との関係でも、端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものとすることに阻害要因があると判示した。)

 

(コメント)

(ウ)リパーゼ最高裁判決(最判平成3年3月8日)は「特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである」と判示したが、近時の下級審裁判例を見ると、必ずしも「特段の事情」の有無を判断することなく、発明の詳細な説明を参酌するものが多い。本判決も、発明の詳細な説明を参酌して、「自重で垂れ下がる」というクレーム文言を限定的に解釈し、審決の要旨認定を否定した。

 本判決は、本件特許発明のクレーム文言のように、単なる物理現象として必ず生じる事象を規定したようにみえる場合には、作用効果との関係から、その技術的意義を理解するために発明の詳細な説明を参酌することが合理的であるとして、特許発明の技術的意義を実質的に理解したものと考えられる。

 

(エ)本事案における審決のように、引用発明1及び引用発明2を組み合わせた上で更に相違点が残る場合、この相違点は当業者が適宜になし得る程度のことにすぎないとして進歩性を否定される場合がある。本判決は、このような進歩性否定の論理付けを安易に用いることを咎めて、「2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到すること」の容易想到性を否定した一事例であると評価できる。もっとも、2つの段階を経てなお相違点が残る場合、その相違点が容易に推考できないとして常に進歩性が肯定される訳ではないと考えられ、事案毎に判断すべきであることは当然であるが、一事例として参考になると思われる。

 参考になる判決として、知財高判平成22年(行ケ)第10164号がある。この判決では、段階的に複数の周知技術を適用すること(容易の容易)について争われたが,主引用例に周知技術1を組み合わせて、残る相違点は、周知技術1と別個独立に主引用例に適用できる周知技術2を適用できるとして、進歩性を否定した。

 

(判決文の抜粋)

エ 本件審決は,引用発明2の弾性部材23はゴム等であることから,弾性部材23の前端部23aが前方に延設されたものにおいては,その延設された(前方)端部寄りの部分は,自重で垂れ下がるものと解されると判断した。

(しかし,引用例2には,弾性部材23の前端部23aを前方に延設して低摩擦係数の部材14と重ね合わせた状態にしてもよい旨の記載はあるが(【0015】),そのようにした場合に弾性部材23の前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がる旨の記載はない。そして,弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるとしても(【0012】),その前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるか否かは,少なくとも弾性部材23の固定部(座24)から自由端(前端部23a)までの長さ並びにその部分の厚さ,質量(密度)及び弾性係数に依存することが明らかである。引用例2にはこれらについて何の記載もないから,弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるからといって,前方に延設した前端部23aが自重で垂れ下がるものと断定することはできない。

(被告は,引用例2の【0012】には,弾性部材23はゴム等の弾力に富んだ材質のものであることが明記されていることから,弾性部材23の弾性係数や延設長さ等によってその垂れ下がる量は異なるものの,弾性部材23のうち,前方へ延設された端部寄りの部分が自重で垂れ下がることは,当然に生じる事象にすぎない旨主張する。

確かに,引用発明2の弾性部材23は,その進行方向後方側の位置で固定されるとともに,固定部を除いて前方側が自由な状態とされた,いわゆる片持ち梁であり,しかも,現実に存在する物体である以上,剛体(力が加わっても変形しない理想物体)ではないから,自らに作用する重力(自重)で全く変形しないなどということは,物理的にはあり得ない。したがって,現実に存在する片持ち梁としての弾性部材23に生じる変形という意味での自重による垂れ下がりは,被告が主張するとおり,当然に生じる事象ではある。

ところで,本件発明1の「土除け材」も,「その進行方向後方側の位置で固定され,その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり」,現実に存在する片持ち梁であるから,単なる物理現象としては,必ず自重で垂れ下がることになる。しかし,本件発明1は,前記1(2)のとおり,「土除け材」が「その進行方向後方側の位置で固定され,その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり,前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる,弾性を有する」ことによって,ロータリ作業機本体の振動に伴って,各土除け材がその固定位置を固定端部として作業ロータの半径方向に自由に振動し,その振動時の振幅が最大限発揮されるため,付着した土砂の落下を誘発する効果が高まり,土除け材自身の振動によって付着した土砂を落下させ,固定位置を除く土除け材の全周にわたって土砂の付着を防止する効果を発揮するものである。そうすると,本件発明1の「その進行方向後方側の位置で固定され,その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり,前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる,弾性を有する土除け部材」における「自重で垂れ下がる」とは,片持ち梁である「土除け部材」の進行方向前方側の端部寄りの部分が単なる物理現象として「自重で垂れ下がる」こと(すなわち,「土除け部材」が剛体ではないという当然のこと)を意味するのではなく,「土除け部材」が,ロータリ作業機本体の振動に伴って,その振動時の振幅が最大限発揮する程度の弾性を有することによる,技術的意義のある現象としての「自重で垂れ下がる」ことを意味すると解すべきである。

そして,被告も自認するとおり,弾性部材23の前方側の端部寄りの部分の自重による垂れ下がり量は,弾性部材23の弾性係数,長さ等に依存するから,弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるとしても,その前方側の端部寄りの部分が上記の技術的意義のある現象として「自重で垂れ下がる」とは限らない。このことは,引用例2の【0015】に,弾性部材23の前端部23aがブラケット19に密着している旨の記載があることから明らかである。引用発明2においては,弾性部材23の前端部23aは,ブラケット19に密着しているのであるから,その前方側の端部寄りの部分がブラケット19の表面から離れるほど振動することは想定されていない。そうすると,弾性部材23の弾性係数,長さ等は,その前方側の端部寄りの部分が上記の技術的意義のある現象として「自重で垂れ下がる」ことを可能とするような値に設定されていると認めることはできない。

前端部23aを更に前方に延設し,低摩擦係数の部材14と重ね合わせた状態にした場合であっても,同様の理が妥当するのであって,前端部23aを前方に延設した弾性部材23の前方側の端部寄りの部分が上記の技術的意義のある現象として「自重で垂れ下がる」ことが当然に生じる事象であるということはできない。

(以上のとおり,本件審決が,引用発明2について,弾性部材23の前端部23aが前方に延設されたものにおいては,その延設された(前方)端部寄りの部分は,自重で垂れ下がると判断したことは,誤りである。

 

(2) 相違点の容易想到性について

ア したがって,仮に,引用発明1に引用発明2を適用したとしても,後部カバー13に弾性部材を設け,その弾性部材をその進行方向後方側の位置で固定するとともに,固定部を除いて前方側を自由な状態とし,主カバー12に対する土付着防止部材20の固定位置において,その土付着防止部材20と互いに重なるようにする結果,引用発明1の主カバー12に固定された各土付着防止部材20は,その固定位置全てが隣接する他の土付着防止部材20と互いに重なるようにはなるものの,引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20は,その進行方向前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものではないから,本件発明1には至らない。

イ 本件審決は,仮に引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものでないとしても,エプロンに固定された土除け材を,その端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものとすることは,当業者が適宜になし得る程度のことにすぎないと判断した。

(しかし,引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとすることを想到した上で,これを引用発明1に適用することによって,引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20の進行方向前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとするというのは,引用発明1を基準にして,更に引用発明2から容易に想到し得た技術を適用することが容易か否かを問題にすることになる。このように,引用発明1に基づいて,2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは,格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるということはできない。…

 

Keywords)2つの段階、容易の容易、進歩性、自重で垂れ下がる、小橋、松山

 

文責:弁護士・弁理士 高石 秀樹 (機械セクションの弁理士より技術面の助言を賜りました。)

本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp

 

100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6

中村合同特許法律事務所

中村合同特許法律事務所