【特許★★】延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲(特許法68条の2)
平成28年3月30日(平成27年(ワ)第12414号)(東京地裁民事第29部、嶋末裁判長)
◆判決本文
(判決要旨)
本判決は、存続期間が延長された特許権の効力について,知財高判大合議平成25年(行ケ)第10195号と同様に、特許権の存続期間の延長の制度趣旨を踏まえて、「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶとともに,「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物が含まれる、という一般論を判示した。(筆者注:同規範における「均等物」とは、均等論が及ぶ範囲とは別の概念であり、「実質同一物」と略同義である。本判決は、「…当該対象物件が当該政令処分の対象となった『(当該用途に使用される)物』の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下『実質同一物』ということがある。)についての実施行為にまで及ぶ」と判示し、「均等物」と「実質同一物」とを同視している。)
被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するといえるかについては、被告各製品と本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」との相違が,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,本件発明の種類や対象に照らして,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合には,その「当該用途に使用される物」の均等物,あるいはその「当該用途に使用される物」の実質同一物と認めると判示した。
更に、本判決は、(ウ)特許発明が医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合は、新たな効果を奏することが少ないから、均等物や実質的同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられ、他方、(エ)特許発明が医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合は、有効成分以外の成分が異なっていれば、新たな効果を奏することがあるから、均等物や実質同一物にあたらないとみるべきときが一定程度存在するものと考えられると判示した。(筆者注:ここで「新たな効果」を有するという意味は、類型(ウ)と(エ)とで異なる。すなわち、前者の類型(ウ)では、医薬品の有効成分自体によりもたらされる効果(通常は医薬品の効能・効果)を意味するから、延長後の特許権の効力が、有効成分以外の成分のみが異なる後発医薬品に及ぶのに対し、後者の類型(エ)では、医薬品の有効成分自体によりもたらされる効果ではなく、製剤化技術や添加剤によりもたらされる二次的な効果(安定性や徐放性等)を意味するから、本事例のように、延長後の特許権の効力が、有効成分以外の成分のみが異なる後発医薬品に対して及ばない場合がある。)
本判決は、被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」といえるかについては、本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の「成分」は,いずれも「オキサリプラチン」と「注射用水」のみであるのに対し,被告各製品の「成分」は「オキサリプラチン」と「水」以外に,添加物として「濃グリセリン」を含むものであり,その使用目的は「安定剤」であることから,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」と被告各製品とはその「成分」において異なると判断した上で、結論として、本事案の特許発明が(エ)医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であると認定した上で、被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当しないと判断して、原告(特許権者)の請求を棄却した。
(コメント)
本判決は、知財高判大合議平成25年(行ケ)第10195号が傍論において示した、延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲(特許法68条の2)が、特許権侵害訴訟において争われたリーティングケースである。
知財高判大合議平成25年(行ケ)第10195号の上告審である最判平成26年(行ヒ)第356号は、延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲について言及しなかったため、同大合議判決が示した規範が確認された初めての判決である。
本判決は、「処分の対象となった『当該用途に使用される物』の均等物ないし実質同一物に該当するといえるか」の論点について、知財高判大合議平成25年(行ケ)第10195号が示した規範を一歩進めて、「周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合」という規範を定立した。更に、特許発明が(ウ)医薬品の有効成分のみを特徴的部分とする発明である場合は均等物や実質同一物に当たる範囲が広く認められる傾向にあり、(エ)医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合は均等物や実質同一物に当たる範囲が狭い傾向にあるという考え方を示した点は注目に値する。このような区別は、特許権の存続期間の延長の趣旨である実質的に特許権が侵食される範囲が、各類型毎に異なることに対応している。
本判決のように従来技術との関係で発明の価値を考慮する考え方は、均等論について従来技術と比較して特許発明の貢献が大きいと評価されるときは第1要件が認められやすいという方向性を示した、知財高判大合議平成27年(ネ)第10014号が参考になる。
ところで、「周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合」という規範は、特許法29条の2(先願で開示された発明の同一性の範囲)及び39条(ダブルパテントの場合の発明の範囲)と同じである。もっとも、規範が文言上同じであるからといって、延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲がどのように運用されるかは、別問題である。(本判決は、医薬品の有効成分のみを特徴的部分とするか否かで、延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲が異なるとしている。)
本判決は、類型(ウ)の場合には「新たな効果」を奏することが少ないと述べているが、「新たな効果」を奏することがありえないとは述べていないので、「新たな効果」を奏する成分が加わることもあり得ることを認めている。この場合、実質的同一性を維持していないので、存続期間の延長された特許権の効力は及ばないと解される。
また、本判決は、類型(エ)の場合には、有効成分以外の成分が加わる場合に均等物や実質同一物にあたらないとみるべきときが一定程度存在すると述べている。すなわち、他の成分が含まれている以上、有効成分の効果・効能を有するか否かに関わらず実質的同一性が失われる結果、存続期間の延長された特許権の効力が及ばないと解されることがある。もっとも、類型(エ)に属するが、従来技術と比較して貢献が大きい特許発明が権利行使された場合に、同様の規範が妥当するかは検討の余地がある。この点については、特許法68条の2の法改正を含めて、議論があると思われる。
※本判決で問題となった特許第3547755号に対し無効審判が請求されたが、不成立審決がなされ(無効2014-800083号)、同審決に対する審決取消訴訟は棄却されている(平成27年(行ケ)第10105号)。
(判決文の抜粋)
…
第4 当裁判所の判断
本件事案に鑑み,争点2から判断する。
1 争点2(被告各製品は本件各処分の対象となった物又はその均等物ないし実質的に同一と評価される物か)について
(1) 本件各処分の対象となった物について
ア 特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨
…特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該政令処分を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる…。
イ 特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力
特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。
この規定によれば,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,政令処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物〔以下,鍵括弧を付して「当該用途に使用される物」という。〕)(以下,かかる政令処分の対象となった物を鍵括弧を付して「(当該用途に使用される)物」ということがある。)についての当該特許発明の実施行為にのみ及ぶということになる。
また,前記アで説示したところに照らせば,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許権者が特許発明を実施する意思及び能力があっても,政令処分を受けることが必要であったためにその特許発明を実施することができなかったという特許期間の侵食を,特許発明全体の範囲(特許法70条)ではなく,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「(当該用途に使用される)物」の範囲について回復させるというものと解される。
したがって,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,原則として,政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為,すなわち,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「(当該用途に使用される)物」についての実施行為にのみ及び,特許発明のその余の実施行為には及ばないと解するのが相当である。…
ウ 政令処分が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合について
…医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である。ただし,延長登録制度の立法趣旨に照らして,「当該用途に使用される物」の均等物や「当該用途に使用される物」の実質同一物が含まれることは,前示のとおりである(なお,平成26年知財高判は,「分量」については,「延長された特許権の効力を制限する要素となると解することはできない」旨判示しているが,その趣旨は,「分量」は,「成分」とともに,「物」を特定するための事項ではあるものの,「分量」のみが異なっている場合には,「用法,用量」などとあいまって,政令処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で均等物ないし実質同一物として,延長された特許権の効力が及ぶことが通常であることを注意的に述べたものと理解するのが相当と思われる。)。
エ 本件各処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」について
…
(2) 被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」といえるかについて
本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の「成分」は,いずれも「オキサリプラチン」と「注射用水」のみ(ただし,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがある。)であるのに対し,被告各製品の「成分」は,いずれも「オキサリプラチン」と「水」以外に,添加物として「濃グリセリン」を含むものであり,その使用目的は,「安定剤」であることが認められる(被告製品3における添加物(濃グリセリン)」の使用目的は,被告製品1及び同2と同じであると推認される。)。
そうすると,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」と被告各製品とは,その「成分」において異なるものというほかはない。したがって,「分量,用法,用量,効能,効果」について検討するまでもなく,被告各製品は,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」とはいえない。…
(3) 被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するといえるかについて
ア 考え方
…被告各製品が本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」とはいえないとしても,…被告各製品と本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」との相違が,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,本件発明の種類や対象に照らして,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合には,その「当該用途に使用される物」の均等物,あるいはその「当該用途に使用される物」の実質同一物と認めるのが相当である。
医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る特許発明において,「当該用途に使用される物」との均等物,あるいは「当該用途に使用される物」の実質同一物かどうかを判断するに当たっては,例えば,次のように考えることができる。当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など,医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合には,延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で,有効成分以外の成分のみが異なるだけで,生物学的同等性が認められる物については,当該成分の相違は,当該特許発明との関係で,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等に当たり,新たな効果を奏しないことが多いから,「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。他方,当該特許発明が製剤に関する発明であって,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合には,延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で,有効成分以外の成分が異なっていれば,生物学的同等性が認められる物であっても,当該成分の相違は,当該特許発明との関係で,単なる周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等に当たるといえず,新たな効果を奏することがあるから,「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たらないとみるべきときが一定程度存在するものと考えられる。
イ 本件発明の種類及び対象
…本件発明は,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関するものであって,医薬品の成分全体に関する発明であるところ,オキサリプラティヌム(オキサリプラチン)は,本件特許の優先日前の公知物質であって,これを有効成分として制癌剤に用いることも,同優先日前に公知であったことが認められるから,本件発明は,新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など,医薬品の有効成分のみを特徴的部分とする発明ではなく,製剤に関する発明であって,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であると認められる。
ウ 検討
…本件発明は,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であり,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であって,原告は,その実施として,「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み,それ以外の成分を含まないとするエルプラット点滴静注液(製剤)について本件各処分を受けたものである。これに対し,…被告各製品は,「オキサリプラチン」と「水」又は「注射用水」のほか,有効成分以外の成分として,「オキサリプラチン」と等量の「濃グリセリン」を含有するもので,オキサリプラチンを水に溶解したもの(以下,「オキサリプラチン」と「水」又は「注射用水」以外の成分の有無を問わず,「オキサリプラチン水溶液」という。)にグリセリンを加えたのは,オキサリプラチン水溶液の保存中に,オキサリプラチンの分解が徐々に進行し,類縁物質であるジアクオDACHプラチンやその二量体であるジアクオDACHプラチン二量体を主とした種々の不純物が生成するため,オキサリプラチンの自然分解自体を抑制するということを目的としたものであることが認められる。これを,本件発明との関係でみると,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく,むしろ,オキサリプラチン水溶液に添加したグリセリンによりオキサリプラチンの自然分解を抑制するという点で新たな効果を奏しているとみることができる(なお,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」については,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがあることは,前示のとおりである。また,オキサリプラチン水溶液に添加されたシュウ酸がオキサリプラチンの自然分解を抑制することは知られているが,シュウ酸は人体に有害な物質である。)。
そうすると,被告各製品は,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であって,医薬品の成分全体を特徴的部分とする本件発明との関係では,本件各処分の対象となった物とは有効成分以外の成分が異なる物であり,当該成分の相違は,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,本件発明との関係では,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえず,新たな効果を奏するものというべきである。
したがって,「分量,用法,用量,効能,効果」について検討するまでもなく,被告各製品は,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するということはできない。
…
(Keywords)延長登録、67条2項、68条の2、オキサリプラティヌム、オキサリプラチン、エルプラット、均等物、実質同一物、新たな効果、デビオファーム、東和薬品
文責:弁護士・弁理士 高石 秀樹、弁理士 志村 将
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp
〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階
中村合同特許法律事務所